大判例

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仙台高等裁判所 昭和52年(行コ)1号 判決

控訴人 医療法人仁医会 ほか一名

被控訴人 岩手県知事

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は「原判決を取り消す。被控訴人が、昭和四八年五月一日岩手県告示第五九一号をもつて、盛岡広域都市計画用途地域のうち、原判決添付土地目録記載の地域を工業地域と指定した旨の処分が無効であることを確認する。予備的に被控訴人が昭和四八年五月一日岩手県告示第五九一号をもつてした右の処分はこれを取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の関係は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴人ら代理人の陳述)

都市計画法による用途地域決定がある以上、これが違法として当該土地所有者が建物の新増築の建築確認申請をしてみても却下になることは明らかである。建築確認申請をするには素人には殆んど不可能で専門家に依頼してなされるものであるが、近年は殊に建築法規は複雑を極め、防災、安全設備についても厳格に規定されているので、建物の構造のみならず付属施設についても詳細な設計図面を添付して提出しなければならず、そのためには莫大な設計料を要することも明らかである。而して、莫大な設計料をかけて建築確認申請をしてみたところで、却下、抗告争訟になり、結論をみるまでには多年月を要し、仮にその権利主張が認められたとしても、設計そのものが旧式となつたり、建築主の事情によつて申請建物がその形のままでは当初の目的を達することができず、結局建築をあきらめなければならない事情に立ち至ることも多く、究極的にはその権利はなきに等しいものになる。第一、土地所有者が都市計画法に準拠する用途地域によつて制限される建築基準法に適合しない建築確認申請を設計事務所に依頼しても建築主事と常に密接な関係にある設計事務所としては絶対に協力してくれない。具体的な権利変動の生じない用途地域決定の段階では未だ訴訟事件としてとりあげるのに足るだけの事件の成熟性に欠けるというのは、実情を無視した甚だしい暴論といわなければならず、そもそも事件が成熟に至る萌芽さえ摘み取つている都市計画法、建築基準法の直截的構造を無視したものといわなければならない。

控訴人らはかねて都南病院の敷地の一部に体育館を建設して雨天又は冬期の患者の運動の用に供したいと企図し、昭和五〇年はじめころから具体化して、設計事務所に四二八平方メートルの体育館の設計を発注したが、同年末ころ基本設計ができた段階で設計事務所から工業地域と指定されていることにより建築基準法に触れるおそれがあるとの疑義が述べられ、控訴人らは既定方針どおり設計するよう再三依頼したにも拘らず拒否され、控訴人らも建築をいつまでも遅延するわけにもいかなかつたので終に折れ、原設計を縮少して申請し、昭和五一年四月一五日建築確認を受けたけれども、このように本件指定処分には都市計画法による用途地域決定自体が直結している建築基準法による制限を伴うものであり、建築基準法所定の確認申請の不許可処分のあつた場合でなければ、さかのぼつて地域指定処分の効力を争うことができないとすることは迂遠であつて、裁判を受ける権利を不当に制限したものであるといわなければならない。

しかのみならず、本件工業地域指定処分以来周囲の環境はとみに悪化し、騒音は激しくなり、危険のおそれのある工場等が進出して精神病院としての機能を全うすることがむずかしくなつてきている。控訴人らは治療に必要な作業場の建設も計画しているが、このまま放置すれば精神病患者の治療にも著しい障害が現われることは必至であつて、やがては病院移転の必要性も生じてくるが、患者と家族との接触が最良の治療だとされている特殊性から考えると、辺ぴな所に移転するわけにもいかない。工業の振興も重要であるが、工業優先の政策が見直されて福祉政策の必要が説かれている現今、本件行政処分には著しいかしがあつたと考えないわけにはいかない。

(被控訴代理人の陳述)

終戦後都市地域の膨張は行政担当者の予測をはるかに上廻るものがあり、人口の都市への集中は著しくなり、都市計画を無視した私的な開発による市街地の形成は、一方において道路、上下水道、学校、公園等の設備が伴わないままにすすめられ、後に地方公共団体に大きな負担を与えることになつた。最近は特に大気汚染、騒音、悪臭等の公害の防止、日照の確保など居住環境を保護し、一方においては商業、工業の健全な発展を計るため、都市地域内においてそれぞれの機能を分担させ、都市の健全な発展を促進する目的のもとに広域的都市計画の見なおしが必要となつたのである。用途地域制度の制定はこうした都市全体の大局的見とおしのもとに定められたもので、その地域内におけるすべての人々を満足させることは不可能であるから、都市全体の健全な発展をはかるという公共の目的のもとに個人の土地利用が制限を受けることもあり得るのであつて、控訴人ら主張のように建築にあたつて制限されることは最小限度やむを得ないことである。

(証拠関係)〈省略〉

理由

被控訴人が昭和四八年五月一日岩手県告示第五九一号をもつて盛岡広域都市計画用途地域の決定をし、これを公告したこと、右決定では本件地域が工業地域に指定されていることは、当事者間に争いがない。

しかしながら、都道府県知事のした都市計画法による用途地域の決定に対しその無効確認又は取消しを求める訴えの提起が許されないことは、原判決の理由に記載するところと同一であるから、これを引用する(最高裁判所昭和四一年二月二三日大法廷判決(民集二〇巻二号二七一頁)、昭和五〇年八月六日第一小法廷判決(裁判集民事一一五号六二三頁)参照)。

よつて控訴人らの本件訴を却下した原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤幸太郎 武田平次郎 武藤冬士巳)

【参考】市街化調整区域指定処分等無効確認請求事件

(神戸地裁昭和四九年(行ウ)第二二号昭和五〇年二月二七日判決)

(原告)由井公玉 (被告)兵庫県知事

主文

原告の訴をいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

(原告)

一 〈省略〉

二 被告が原告の所有する兵庫県西宮市山口町船坂字大ぶくら一五七〇番地山林五五五三平方メートルについて昭和四五年一〇月三一日付で告示することによつてなした都市計画法に基づく市街化調整区域指定処分が無効であることを確認する。

三 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

(被告)

一 本案前の申立

主文同旨の判決を求める。

二 本案について

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする

との判決を求める。

第二主張

(原告の請求原因)

一 被告は、原告の所有する原告の申立記載の土地について、原告に対して補償を給付せずに、昭和四五年一〇月三一日付告示により都市計画法一八条、二〇条に基づく市街化調整地区指定処分(以下本件区域決定という)をなし、原告は昭和四九年三月頃右区域決定のあつたことを知つた。

二 〈省略〉

三 〈省略〉

四 次に本件区域決定は次の理由により無効である。

都市計画法二五条一項、二八条の規定によると、都市計画を決定する者がその決定またはその変更のために他人の占有する土地に立入つて測量または調査を行う際に他人に損失を与えたときの補償に関しては規定されている。

ところが、同法による市街化調整区域の決定がなされると、土地利用のあり方が強く規制され、同区域の土地が市街化区域や無指定区域に比べて低価値とみられ、他人との間で売買の取引をするのにも特段の事情のない限りでは市場相場価格よりもぐんと低くみた価額をもつてするのでなければ支障をきたし、果ては取引等の処分行為さえできずに動きがとれなくなつてしまうのであるところ、このために生ずることが当然に予測される市街化調整区域の決定による損失の補償については同法には何ら規定されていないのである。

かかる補償規定を欠く都市計画法が当然に違憲無効であるとはいい切れないが、被告は本件回答に記載されている如く、「現在の都市計画法の解釈では、前述のような規制は憲法二九条二項により財産権の内容を公共の福祉に適合するように法律に定めたもので、これらの規制は土地の権利者が受忍しなければならない。」との理由をつけて、指定に伴つて発生する制限についての損失補償はできないとしており、この見解によるならば、都市計画法は明白に無補償を前提とする法規であることになるから違憲無効となり、従つて同法規に基づき補償をなさずしてなされた本件区域決定もまた違憲無効だといわざるを得ない。

五 よつて原告は申立記載の判決を求めるため本訴におよんだ。

(被告の本案前の申立の理由)

一 〈省略〉

二 本件区域決定の無効確認を求める訴について

都市計画法の都市計画決定のうち市街化調整区域の決定は、無秩序な市街化を防止し、計画的な市街化を図るため、市街化を抑制すべき区域を定めるものであり(同法七条)、同法一三条一項一号、同法施行令八条等に定めるところに基づき、長期的見通しのもとに高度の行政的技術的裁量によつて一般的、抽象的になされるものである。

従つて右区域の決定は、その告示および縦覧(同法二〇条)にかかる関係図書(同法一四条、同法施行規則九条)によつて市街化調整区域が表示されるとはいえ、特定個人に向けられた具体的処分ではなく、超個人的な公の秩序に関する一般的行為の性格を有し、立法行為に類するものである。

もつとも、都市計画の市街化調整区域に決定されると、同区域内における開発行為等を規制されるが(同法二九条、四一条ないし四三条)、これは同法が特に付与した附随的な効果であり、都市計画の決定ないし告示そのものの効果として発生する権利制限とはいえないのである(最高裁昭和四一年二月一三日大法廷判決、民集二〇巻二号二七一頁参照)。

そして都市計画の市街化調整区域の決定後同区域内の土地所有者が開発行為をする場合に、同法二九条、四一条ないし四三条の許可申請をなし、これが拒否された場合には、その拒否処分を争うことができるのである(同法五〇条ないし五三条)のに対し、都市計画法には都市計画決定に対する不服申立を定めた規定は存しない。

以上を総合勘案すれば、本件区域決定は、行政処分無効確認訴訟の対象となる行政処分ではないと解すべきであり、従つて右区域決定の無効確認を求める本件訴は不適法として却下されるべきである。

(請求原因に対する被告の認否)

一 請求原因一項中、被告が昭和四五年一〇月三一日付兵庫県告示第一四〇八号により、都市計画法一八条一項に基づいて原告主張の原告所有にかかる山林を含む区域を市街化調整区域に決定し、同法二〇条一項および二項に基づいて告示し関係図書を公衆の縦覧に供したこと、および、原告に対して補償をしなかつたことは認め、その余は不知。

二 〈省略〉

三 〈省略〉

四 同四項中、都市計画法二八条に、土地の立入り等に伴う損失補償が規定されていること、同法には都市計画決定自体に伴う損失補償規定が存しないこと、前記回答書に原告主張の記載があることは認め、その余は争う。

理由

一 〈省略〉

二 本件区域決定の無効確認を求める訴について、

1 被告が昭和四五年一〇月三一日付兵庫県告示一四〇八号により都市計画法一八条一項に基づいて、原告主張の原告所有山林を含む区域について本件市街化調整区域の決定をし、同法二〇条一項および二項に基づいて告示し、関係図書を公衆の縦覧に供したこと、および被告が右区域決定につき原告に補償をしなかつたことは被告の認めるところである。

2 ところで、都市計画法上都市計画決定としてなされる市街化調整区域の決定は、無秩序な市街化を防止し、計画的な市街化を図るため、市街化を抑制すべき区域の決定であり(同法七条)、同決定は、同法一三条および同法施行令によつて定められる都市計画基準に基づき長期的見通しのもとに、高度の行政的技術的裁量によつて一般的、抽象的に定められるものであつて、都市の整備、開発、その他都市計画の基礎となるものにすぎず、右区域決定(およびその告示)それ自体としては、これによつてその区域内に存する土地またはその地上物件に対する権利関係に変動を生ぜしめる法律効果を発生せしめるものではない。

もつとも市街化調整区域の決定が告示されると、同法二九条、四一条ないし四三条により同区域内においては開発行為等が規制されるが、それは一般的、抽象的なものであつて、開発行為等を絶対的に禁止するものではなく、前記法条により都道府県知事の許可を受ければかかる行為も許されるし、その不許可処分を争うこともでき(同法五〇条ないし五二条)、また、許可を受けずして開発行為等をした場合も都道府県知事等の原状回復命令等があることになつている(同法八一条)から、この命令等を争うことができる(同法五一条、五二条)のであつて、これらの救済手段によつて具体的な権利侵害に対する救済の目的は十分に達成することができるのである。

従つて、直接これに基づく具体的な権利変動の生じない市街化調整区域の決定ないし告示の段階では、右の決定の効力を争うことは、訴訟事件としてとり上るに足るだけの事件の成熟性を欠くのみならず、実際上もその段階で右の決定に対する訴の提起を認める必要性はないと解するのが相当である。

3 右のようにみてくると、本件区域決定は無効等確認訴訟の対象となる行政処分その他公権力の行使に当る行為とはいえず、従つてその無効確認を求める訴は本案につき判断するまでもなく不適法として却下を免れない。

三、よつて訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 乾達彦 武田多喜子 宗宮英俊)

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